韓国ソウル旅行、韓国エステ、韓国ホテル、ツアー予約は李'sファミリーで

ホ-ム 韓国観光 韓国文化体験 韓国エステ 韓国ホテル予約 ショッピング 韓国料理 ツアー予約 お客様の声
        韓国ドラマロケ地 韓国芸能情報 公演チケット代行 お問い合わせ 幣社紹介
 

 韓国旅行・ソウル旅行
 予約センター

 TEL:(02)2235-3522
 
日本から→
 
010‐82-2-2235-3522
  FAX:(02)713-7741
 日本から→
 010‐82-2-713-7741

 mail:
ninniku@chol.net
 平日09:00〜18:00、
 土・日祝休み

 韓国旅行・観光情報

 ソウル観光
 京畿道(ソウル近郊)観光
 江原道観光
 忠清南・北道観光
 慶尚南・北道観光
 全羅南・北道観光
 済州道観光
 

 韓国旅行ツアー内容・料金

 

お問い合わせ

 
扶余郡-扶蘇山城

扶蘇山城

この城は、泗都城を防御する核心施設になっていて、扶餘で都邑を移した西暦538年以前には、もうすでに築造されていたといわれています。

扶蘇山は頂上から尾根に沿って土が積んであり、城の総長さは2,459メートルにもなります。
現在残っている城郭は、大きく3ヵ区域に仕分けされ、この中の渓谷全体を取り囲んだ包谷式山城だけが、百済時代の物であることが発掘調査の結果確認されています。
城の施設物では東・西・南・北の四ヵ所の門址、及び竿、軍倉址等があります。
白馬江に沿った北西の方の城壁下の絶壁には、百済滅亡の時に宮女たちが亡国の恨みを持ったまま、自ら身投げをした…という落花岩が あります。

泗門
泗樓
泗樓は扶蘇山城で一番高い場所で、扶余が一望できます。昔は月見のできる
送月台があった所で、百済時代にはここに望樓があったのではないか…と推定されています。

半月樓
扶蘇山の南に建つ樓閣です。半月形に広がった扶余市街の全景を見渡せます。

迎日樓
百済時代の住居形態
軍倉址
その昔、百済の軍倉があったところ。敵に軍糧米を渡すまいと百済軍が自ら火を放ったものと推定されています。そのため迎日樓付近の広い平地からは、1,400年後の今も炭化した穀物が出土するといわれています。
三忠祠
百済末期、国に忠誠をつくした成忠公・與首公・階伯将軍の三忠臣が、国のための忠節を称える
ために1957年に建立し1981年に重建した。
三忠祠門
河洞鄭氏旌閭閣

三忠臣
百済末期、国に忠誠をつくした成忠公・與首公・
階伯将軍の三忠臣

軍倉址
その昔、百済の軍倉があったところ。敵に軍糧米を渡すまいと百済軍が自ら火を放ったものと推定されています。そのため迎日樓付近の広い平地からは、1,400年後の今も炭化した穀物が出土するといわれています。


Copyright(c)2006 
LeeFamilykorea.com All right reserved  本サイトの文章および写真を許可なく複製することを禁じます
李'sファミリーソウルツアー TEL:010-82-2-2235-3522 /FAX:010-82-2-713-7741 お問い合わせ